2014年09月20日

更新メモ140920

『拍手返信』更新しました。
『ニトロの悲劇 番外編』に「グッドナイトサマー・フェスティバル おまけ2」を追加しました。


三週にわたって更新してきました番外編新作も、今回で一区切り。
本編をお休みしている中の更新ですので、少しは本編を補足出来るようなものにしたいと死蔵していた裏設定をところどころに散りばめてきましたが、大筋の内容だけでなく、そのような細かい点もお楽しみいただけていたら嬉しいなあ、などと思っています(^^)


更新休止中も物書くための精進に繋がりそうなこと、主に読書は絶えず続けているのですが、やっぱり「文学」は面白いし、難しいものだと何度も実感しています。
基礎固めという意味も兼ねて古典を中心に読んでいるのですが、え? この時代に既にこれやられてんの? というような――例えば『ドン・キホーテ』のメタ構造とか――事例もたくさん出てきて妙に心が折れそうにもなったもの(笑)
ただ、小説は自由ですね。現在では名作と言われているものでも、構成・手法についてのみ語れば無茶苦茶なものが少なくない。『白鯨』なんて一人称のはずなのに視点が自由奔放に飛びまくりますもの。
それに西洋文学はおよそキリスト教精神に基づいているので、その宗教的観点が重視されている作品だと特にその真価の深いところを僕は理解していないだろうと思わされるわけですが、しかし、それでもなお面白い。
その普遍的ともいえる「“面白い”の謎」こそが僕の求める一つでもあるのですが、この謎は縦横無尽に螺旋を描いているものだから、その本質を探せば探すほど糸がこんがらがっていきます。
目の前にころがる解けない糸の玉を見つめては「くそー」と思いつつも、それでも“面白い”ものが書けるようにと願えば辿る道は自ずと唯一つだけ。書くことだけ。
書いてこそ人生。
精進します。
posted by 楽遊 at 22:24| Comment(0) | TrackBack(1) | 小説

2014年02月23日

修正メモ140223

各地で雪の被害が出た先週、皆様は大丈夫だったでしょうか。
僕個人は大きな被害を受けはしなかったのですが、流通の混乱によって地域のお店は軒並み品薄が続いていました。でも、飢えを凌ぐために空いてる(品物のある)お店を探したくらいで済んだのは幸運でした。
雪によって様々な不都合、また害を被られた方にはお見舞い申し上げます。


さて、ここからは業務連絡となります。

現在『ニトロの悲劇』の先のことを考えて細かなチェックを行っているところなのですが、そこで幾つかの修正を行いました。
といっても大幅な改稿をしたわけではなく、主にいくつかの言葉遣い、場所の方位の修正、そして時系列の修正です。

特に時系列はふわっとしたタイムテーブルを作っていたこともあり、そのためチェックが行き届かないところがありました。改めて日付をつけて、カレンダーを作製し、曜日も含めて詳細にチェックすると幾つかの話の間に無理やズレ、また当時からの単純な勘違いが出てくることに頭が痛くなるばかり。そこで細かな修正を施しています。
いやー……
先にニトロの両親が『結婚20周年』と言っておきながら、後に『十年』息子がいなかったことになっているのを発見した時には天を仰ぎましたとも(恥)
この近辺では以前ニトロの誕生日『10月10日』を「10月8日」にしてしまっていた(http://rkyu-gari.sblo.jp/article/61586525.html)こともあり、思い返してみるとこの時期に初期の環境設定から色々と修正しつつ詳細化していく際に、新しい他の情報と組み合わせるタイミングで整合性を欠いた『設定集』を作ってしまっていたようです。
しかもその設定集の半分は僕の頭の中で文書化されていないというもの。ええ、記憶力に自惚れた故の失態です。
本当に、いけませんねー。
作者として、本当に恥じ入るばかりです。
設定集やタイムテーブルは初めから、それとも適宜詳細なものを作っていかなければ後で苦労するということを身に沁みて思い知りました orz
ひとまず時系列は整ったはずですが、もしかしたら今後も修正が入るかもしれません。
その際は改めてこちらでご報告いたします。

ただ、強調しておきたいことは、これらの修正によってストーリーに影響が出ることはないということです。
時系列の修正も(現在進行形で書かれてきた範囲では)数日単位ですので季節が変わることもありません。
そのためお話の変更などはありませんので、その点はご安心ください。


修正メモは以下に折りたたんでおきますが、その性質上大きなネタバレがあるのでご注意ください。

……本当に恥ずかしいッ!




以下、ネタバレ注意続きを読む
posted by 楽遊 at 00:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 小説

2013年04月13日

和風を繋ぐバトン

御伽草紙の吉田さんから頂きました『和風を繋ぐバトン』。
えーっと、これを頂いたのは2/27のエントリのことでして……ええ、もう一ヶ月以上前のことだったんです。
それを今更新するのは何故か。
スルーや放置をしていたわけではありません。
単純に、時間かかっちゃったのです。
いやー……このバトン、難しかったです。いや、ほんと難しいです。個人的には今までもらったバトンの中で最も難しかった!
何せ、お題を見ても何にも文章が出てこない! 妙に思考停止しちゃって、どうしたものかと四苦八苦。しかもどうにか書き上げた後、よく考えてみたら吉田さんのバトン回答に思いっきり被ってね? いや方向性が完全にさ、ほら、無間地獄ってキーワードがあるじゃない? ワーオ! ていうかやっぱりお題のこの流れだと使いたいですよねこの単語(ナカーマ!w)!――と、そういうところではしゃいでいるわけにもいきません。だってほら、バトンを回して下さった方と被るのは、何だか受け取ったバトンをそのまま受け流している気もするので色々あれです。なので、書き直しです。
他にも色々てこずった理由はあるのですが、それらをまとめると総じて「(僕にとって)とても難しかった」ということに落ち着きます(笑)

さて、言い訳はともかく(苦笑) 折を見てはこつこつ修正を繰り返して、何となく意味不明ながらも何となく意味の通るようなもの(←最終的にこの形式を目指しまして)にまとめることができましたので、ここにようやくバトンを受け取ったぜ! と走り出してみようと思います。
それにしても文章って、難しい。まだまだ頑張らないといけませんねー。



和風を繋ぐバトン


Q1 ようやく明けた空を見上げ

A1 しかし、明けたと思われたその空が、錯覚、未だ闇に暮れていることに気づいて唇を噛む。錯覚。それは、夜が明けて欲しいと思うが故の幻覚に他ならぬ。

Q2 しゃがれた声は「戻るか? 参るか?」と云った。だから

A2 耳を塞いで哂ってみせる。噛んだ唇に滲む紅を滴らせ、哂ってみせる。戻るか?――どこへ? 参るか?――どこへ?

Q3 姿は違えど心は同じ。何故ならば我らは貴様と

A3 切っても離れぬ。されば、戻れども参れども、行き着く先は心と同じ。「戻るか? 参るか?」愚問はいらぬ。お前は既に知っていよう。言うがいい、言うがいい、

Q4 さあ、行方知れずのあの方が持つ

A4 そうだ、『あの方』だ、あの方だ、あの方が待つ! 戻れども参れども、行き着く先は心と同じ。あの方の待つ、其処こそが我らと貴様の心と同じものならば、それが偽り欺瞞虚偽の満ちる処とて、すなわち我のみのものであるはずの我が心とも真に同じ。

Q5 数えた唄の中に

A5 ああ、されど、数えた唄の中に、無闇に数えたこの唄に、もはや忘れた我が心の欠片よ、どうか在れ。あの方の待つ其処、其処に至ればきっと我が身は消える。其処が我が心と同じとて、我らと貴様とあの方と、其処こそが我が心と同じとて、我が身は消える、我が身はきっと消え失せる。なれば忘れた我が欠片、我が忘れし我が心、お前だけは消えゆく我と共ならず、路傍の陰にもかそけく残れ。

Q6 幽霊が愉しげに哂って

A6 述べるは我が姿への悪罵のみ。我が身は矛盾、我が思いも矛盾、心を他者と同じくしている我なれど、もはや忘れた我が欠片を恋しく思う浅ましさ。されど浅ましくとも、我は恋しく思うわずにはいられない。他者と離れた忘れたはずの我が心。

Q7 「どちらに逝こうか」と云ったあの人に、

A7 顔を背け、あの方の下で我が身は果てた。ただ果てた。あの人を見捨て、置き去り、果てて逝くことが、ただただ何よりの甘美なればこそ、果てる我が身の浅ましさ。何度も数えた唄すら消えて、忘我の極みに溶ける恍惚、浅ましき我が身を包む愛――浅ましければ浅ましいほど輝きを増す故、浅ましき己を思う我を忘れる恍惚はいや増して、ああ、甘い、甘くてならない、果てる我が身の愛おしさ。

Q8 喰らう食物、底が尽きたならば

A8 それもいい。ただひたすらに甘美をむさぼりまた果てる。そのうちに、数えた唄も忘れてあの方と深く蕩けて交わり混ざる。

Q9 合わせ鏡に吸い込まれるようにして

A9 一つに。清浄なる光の中、あまやかにすえた水の中、ただ一つに、

Q10 導かれた先。水飛沫を

A10 立てる我が足先に、浮かぶはおよそ骸であろう。骸であろうと知りながら、きっと我が身はその時千千に乱れよう。

Q11 呆然と骸を見つめ

A11 我が声は何を響かせる。骸にすがり、この唇は何を紡ぐ? あの方の名を呼ぶか。それともあの人の名を呼ぶか?――あの人? あの人とは……誰だ? 思い出せずに目が痛む。行き場を失った声が肺に溢れる。

Q12 息が苦しくなって、火を

A12 求む。火を求む。火を、あの方と、貴様と、我らを溶け合わせる火を!……夜が明けぬ。幻を見るほど明けて欲しいと思えども、夜は明けぬ。夜の明けるのを、望みながらも我が許さぬ故に。ああ、誰かが言った――「どちらに逝こうか」――ああ、同じことを、あの方も言っていた――「どちらに逝こうか」……我は笑む。あなたとならば、どこでなりとも逝きましょう。



Q13 これでお終いです。バトンをまわす人を書いてください(フリー可)。
A13 (返事がない。ただの屍のようだ)






最後に。
吉田さん、大変お待たせいたしました。
こんなに遅くなっちゃって、本当に申し訳ないです!
ご笑覧いただけていれば、幸いです(^^ヾ
posted by 楽遊 at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2013年01月20日

重要な訂正のお知らせ

ひどい勘違いをしていました。
何を勘違いしていたかと言うと、ニトロの誕生日です。
『続・ニトロの悲劇』において、ニトロの誕生日を“十月八日”と記していましたが、大変申し訳ないのですが、既に第五部第四章で齟齬をきたすことになっていますので、ここで「十月十日」に訂正させていただきます。

作者として恥ずかしすぎるミスをしてしまいました。

ミスの理由は、彼の誕生日を明記していたことを度忘れしていたことが一つ。
また、そもそも彼の誕生日を作中ではまだ明記していないと思いこんでいたことが一つ。
それから、これもお恥ずかしい話ですが、“十月八日”という誕生日を当時軽く扱いすぎたということが一つ。
思い出してみれば、当時「十月十日の元体育の日だったな。いや、ここはやっぱり並べて108でいっか。煩悩の数で」と安易に直前で変更して、それを書いたのですが、そのくせ僕は以降もずっと「ニトロの誕生日は十月十日、元体育の日」と思い込んで、現在に至っていました。つまり“十月八日”と書いてまもなく、元設定に頭が巻き戻っていたという……(大汗)
書いたことを度忘れしていた間抜けさ加減もそうですが、特に二つの思い込みが最大のミスの理由です。
この思い込みの結果、設定メモにも『ニトロ 10/10』と書いていたという大ボケ具合。
本当にお恥ずかしい。
改めて、「十月十日」としてお知らせいたします。

それと、修正ついでに、その周りに作品世界の“成人”について、少々意図したニュアンスから離れる書き方をしていましたので、そちらも修正いたしました。


己の未熟を恥じ入るばかり。
猛省し、今後一層気を引き締めて精進いたします m(_ _)m
posted by 楽遊 at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2012年08月25日

読書バトン


御伽草紙の吉田さんから頂きましたバトンを片手に記憶というトラックを走ってみたいと思います(前口上)。

それからtomoyaさん(CONTO BLOCO)と迅本洋さん (憧憬アンプ)からも受け取ったので、吉田さんのバトンを右手に、tomoyaさんのを左手に、迅本さんからのバトンを口にくわえていってみます(笑)


それにしても、思い返せばたくさん読むより同じ本を繰り返し読んでいましたねぇ。お気に入りのシーンとか、寝る前に何度も(笑)
はじめはちょっとしか書けなかったので、どうしたものかと思っていましたが、こつこつ記憶を巡れば色々思い出すものですね。たまにこうして省みるのもいいですねー。

――あ、作家名は敬称略です。
それから時期に関しては記憶違いのおそれも大です。




読書バトン



1:今読んでいる本は?

シェイクスピアの『リア王』(再読)。
一つ前は志賀直哉の『暗夜行路』。

基本近年は古典(もしくは古典になるであろう名作)を漁ってます。
遅読なのが難点。もっと早く読めるようになりたーい。


2:就学前にハマった本は?

就学前ってことは幼稚園以前? はっはっは、記憶が……(汗)
ひとまず絵本は色々読んでいました。その中で未だに記憶に残っているのは西内ミナミの『ゆうちゃんとめんどくさいサイ』。
それから、幼稚園の近くに児童向けの図書館があったので、もう内容は覚えていないけど、そこで色んな本を読んでいました。
星座の本(つまり神話の本)や、童話・民話各種。
ことわざ事典みたいなのもここらへんから読んでいたような。
ところで今思うと低年齢向けの星座の話、民話などはよくもまあ巧くアレンジしていたと思うのです。年齢が上がってから改めて読んだ神話の本とか、色々イメージ壊れまくって修正大変だったもの。浮気! 不倫! 理不尽! わーお! ゼウスサイテー!w

ここでの話題とはちょっとずれるかもしれないけれど、特に図鑑が好きでよく読んでいました。特に虫や魚(水生生物)や恐竜の図鑑は飽きずに何度も何度も。

あとはアルセーヌ・ルパンやホームズ、偉人の伝記、十五少年漂流記やトム・ソーヤーなどの児童文学版を繰り返し読んでいたような気がするんだけど……でもこれは小学生になってからか……?
これらと並行して、ファーブル昆虫記やシートン動物記も夢中になって読んでいたかな。


3:小学生の時にはまった本、作家は?

時期的な曖昧があるので、ひとまず上記の十五少年漂流記やファーブル昆虫記など。
小説では特に冒険物を好んで読んでいた記憶があります。それにファーブルさんやらシートンさんやらの影響もあって、アウトドア系への興味が大きくなったので、そっち系の専門書も好んで読んでました。
釣りの本とか、サイバイバルの本とか。
食べられる野草の本を読んでいたら身近に本当にあって驚いたり。ツクシやノビルを採ってきて実際に食ってみたりしてました。シイの実も炒って食べたなー。その頃住んでいたマンションの敷地内にグミの木とかあって、それを食べたり。ツツジの蜜を吸ったり、イタドリ(多分)の茎を齧ったり。
昆虫の図鑑を読んで、実際に捕まえてきて飼ってみたり。アゲハ蝶を卵から蝶まで育てきったのは良い思い出。一度幼虫から育てていたのが寄生蜂にやられていて、蛹になって、ある朝、虫かごのなかで真っ黒い蜂が激しく羽音を立てていたのは衝撃でした。自然の、過酷さ。でもトラウマにはならず、図鑑でそういうものがいるのも知っていたことが影響したのか、自然ってのはこんなもの――と慌てて蜂を逃がした後に穴の開いた蛹を眺めて呆然としたものでした。
一方、色んな虫を飼い殺してしまったのは、悪いことをしてきました。
オニヤンマを捕まえた時は図鑑で見るよりでかくて力強くて格好よくて驚いて感動したけれど、それ以上にオニヤンマに噛まれると滅茶苦茶痛いというのが本では得られなかった知識です。血が出たよ、マジで。
他にも石の図鑑とか読んだら川原に行って、石の種類を見たりね。砂岩、泥岩、石英質、等々。割って赤いのは鉄分が錆びているから? とか。割るとやたら綺麗な石もあったりするので、それも楽しかった。で、それを帰ってきてからまた図鑑で確認するのさ。
……いやー、それにしても、子供の恐れ知らずは今考えると怖いわー。食べたものの衛生面もそうだけど、子供の頃「ぼうけんだー」とか言って入っていったやぶとか、今見ると「入ったらあかんがな」とぶるりときちゃうもの。
そうそう、このあたりから料理も覚えたのですが、それもサバイバル本→野外での料理の仕方→料理の本&釣りの本→魚のさばき方→料理の本、と、支流が合わさって一本の流れに。

それから、低学年では引き続き星座の本や、民話伝承の妖怪話など。伝奇も好きだったかな。心霊写真特集本やら怪奇話もよく読んでました。図書券もらって本屋に行った時などに立ち読みで黙々と時間を忘れて。いや、今考えると迷惑なガキだけど(苦笑)ちゃんと本も買ってたので許してください(汗)
アトランティスの謎とか、わけも分からず面白がっていたものです。

そして、学校の図書室から定番の『ズッコケ三人組』シリーズとか『はれときどきぶた』とかを借りて読んでいました。手提げカバンには常に借りた本を入れていたので色々読んでいたはずだけど、今でもよく覚えているのは、高学年にかかって幼稚園or低学年時に児童文学版で読んでいたものを原作・翻訳版で読み直したこと。
上記のジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記(『二年間の休暇』)』や『海底二万里』。
それから斎藤惇夫の『冒険者たち』(ガンバの大冒険の原作)。
もう一つ外せないのがミヒャエル・エンデの『はてしない物語』。
あとはやっぱり図鑑とか色んな出来事の記録系の本をよく見てました。

特定の作家に、というのはなかったように思います。


4:中学生でハマった本、作家は?

現在「ライトノベル」と呼ばれるようになったジャンルをよく読んでました。
水野良の『ロードス島戦記』。
神坂一の『スレイヤーズ!』。
秋田禎信の『魔術士オーフェン』。
深沢美潮の『フォーチュン・クエスト』。
これらが代表格。もちろんその他、色々と。ただ、広く行くより気に入りのシリーズだけを追っていました。で、何度も読み返すの(笑)
ちなみにこの「ライトノベル」の入り口になったのは松枝蔵人の『ソーサリアン創世記』(角川スニーカー文庫)。ここから「こういうジャンルがあるのか」と興味が引かれてぐぐっと同じ棚に並んでいた本に寄っていったので、小遣い握り締めて行った本屋でこれをたまたま手に取らなければ、現在自分で書いているものもなかったのかも。

それから図書室にあったアガサ・クリスティ、エラリー・クイーンなど海外の推理小説を中心に、『ロビンソン・クルーソー』とか、とかく興味を引かれたものを雑多に色々。
何でか日本の作家にはあまり触れなかったなあ。そちらはライトノベルで触れていたから、別のジャンルは海外で、という意識でも働いていたのかな?
あ、そうだ。日本の作家でも、旅行記はよく読んでいました。椎名誠だったっけ? カヌーっていうキーワードだけよく覚えているんだけど……てことは野田知佑かな? それと国語の教科書に乗っているやつを(笑)――いや、真面目な話、教科書に載っている話って、結局面白いのが多かったような気がするのです。

それと、ここでは百科事典とかもよく見てました。内容はもう覚えていないけど、小説書いているときにふっと「あ、こういうのがあったな」とか、ひょんなところで取っ掛かりとして機能しているくらいにはなっているようです。年齢が上がるに連れて触れる(読める)図鑑のレベルも上がって、より詳しくなっていくのも楽しかったですね。

蛇足的に。
中学後半くらいから創作活動開始。
も一つ蛇足的に。
何度も同じ本を読み返す……というのは、その後の執筆活動に際して大きな訓練になっていたように思います。あ、ここに伏線があったのか、なんてね。


5:高校生でハマった本、作家は?

中学時代に読んでいたシリーズを、引き続き。
それから図書室で目に付いたのを、もしくは友人から勧められたのをちらほら。
小説よりもNewtonとか、この時代ではそういう雑誌の方をよく読んでいたかな? 古代文明の資料本とか、世界史の本とかはよく読んでたなー(世界史の先生がとても面白い授業をして下さった。年号的な点と点で覚えるのではなく、年号を繋ぐ点と線、関連項目で繋がる線と面でつなぐ歴史の流れ、その奥深さ)。
つれて、なんとはなしに高校後半あたりからほとんど小説を読まなくなる。それは大学後半まで続く。

蛇足的に。
読まなくなるのと同時に書かなくもなっていく。高校から大学にかけて長編を一本書いて、それで変に満足したのか、頭の片隅に置きながらも執筆といえる活動はしなくなった。それはやっぱり大学後半くらいまで続いて空白期間となる。


6:大学生以上でハマった本、作家は?

大学時代は専門書ばかりでした。主に社会学、文化学、心理学など。あと雑誌、ここではPC関連や雑多な情報誌を中心に。友人に勧められて年に一・二冊は小説も読んでいた気がしますが、その程度でした。

で、大学時代も後半になって、ふと大学の図書館でダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』を見かけて「そういえば(『ビリー・ミリガン』とかで)名前は聞くけど読んでなかったなぁ」と手に取ったのがターニングポイント。
大学時代はほとんど書いていなかったけど、この本で文章の面白さを再発見し、またちょこちょこ読み出し、小説(また創作)に舞い戻ることに。
これがなかったら、現在、サイトを作って小説を載せていることもなかったかもしれませんね。

(1の項目で書いていた→)ところで……今、ってことは、大学卒業以降と拡大解釈してもいいのかな?(←この部分)勘違いしてました。この項目を大学時代と誤って受け取っていたので変なことしちゃった。ので、丸々こちらに移動して、以下↓

大学卒業以降は断続的に読んでいて、特に最近は本屋なり図書館なりで気になった本を手に取っています。
これまで世界史・日本史・国語などで名前を知ってはいたけど読んではいない――そういうような本を中心にして。
ここ数年ではニーチェやスピノザ等メジャー哲学の入門編、マキャベリの『君主論』やプラトンの『国家』のような思想書、メジャーどころの宗教の概要を改めて読み直したり、歴史に残る世界文学や日本の近代文学にも手を出しています。
古典を中心にしているのは別に現代の作家に興味がないというわけではなく、温故知新と言えば聞こえはいいですが、そのような現代に至るまで残る名著には何が書かれているか――ということに大きな関心を抱いているため。
これまでのところ、一つ思ったのは、古典になる名著には概要が解っていても次を読ませる力があるな、と。あまりに有名すぎて結末も解っているのに、「え? こっからどうしてあの結末に?」と読ませる力、そういうものがあるな……と。
あとは普遍性ですね。言うが易しで、その普遍性が難しいんですけども。
『リア王』読んだら次はアーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』かベルクソンの入門書です。定期的に近現代の作家も入れるようにしているので、その後は新しいものを選ぶつもり。
溜まっている通読予定のネット小説にも目を通したいところです(不義理をしています、申し訳ない;)。


7:現在オススメの本、作家

先にも書きましたが古典漁りばかりしていて現在の作家にほぼ触れていないのです。

古典でいいなら、
ドストエフスキーの『死の家の記録』
トルストイの『アンナ・カレーニナ』
人間心理の観察眼、その鋭さは本当に勉強になると感嘆しましたので。また、現在でも示唆に富んでいるとも思うので(そういうのが古典になって耐えられる一つの要素なのでしょう)。
ドストエフスキーはそのうち全作読んでみたいと思っているところ。あわせてニーチェもまた重要なのかなぁ。“神”を捨てた人間は老いたロバにキスして死すだけなのか、否か。

あと色々悩んだけどSFジャンルから一つ。
今年亡くなられたレイ・ブラッドベリの『火星年代記』

それから、
こちらは現代の作家ですが、イアン・マキューアンの『贖罪』は、小説家の矜持・文学論としても読めたりして色々面白かった。
ヘミングウェイの『老人と海』や『敗れざる者』、『キリマンジャロの雪』は時々そのイメージを思い出すので、これらもここに。……私事だけど、物書きしている身としては『キリマンジャロの雪』の主人公のようにはなりたくないですね(^^;


8:好きなジャンル3つ

ファンタジー、SF、一般

でも基本雑食。
詩も読めば哲学書も読みますよ。


9:読んでいて大笑いしてしまった本は?

ぱっと思い出せるのは『スレイヤーズ!』及び『オーフェン』の番外編。
あと、何か滑稽話の類でえらい笑った気がするんだけど……内容も題名も思い出せない……。


10:読んでいて泣いてしまった本は?

……ぱっと思い出せない。
あったはずなんだけど……。
でも泣きそうになると我慢しちゃうタイプです。


11:読んでいて腹が立った本は?

色々考えたけど、意外に難しい質問ですねー。
ただ、腹が立つようなものの場合、そういうのは執筆に役立ちそうなエッセンス以外は忘れるようにしているので(笑)


12:読んでいて気持ち悪くなった本は?

特にないかな?
もちろん虐待シーンとか、そういう系統には“嫌な気持ち”にはなりますが、体調にまでは出てこないかな。
グロには耐性がある方に思います(おそらく色んな図鑑や学術書のせい)。


13:本の中で出てきたもので、コレ食べたい!と思ったものは?

ありすぎて覚えていません!
池波正太郎の作中に出てくるのとか、旅行記で出てくるのとか。もう本当にたくさん!
その時々で脳内消化しているのでぱっとこれ! とは出てこないけれど……って、何故か今ふとゴールディングの『蝿の王』に出てくる豚が出てきました。そりゃあの状況下での旨味は想像するに凄いけど……何で出てきたかな? いいや、書いておきます。
あ、でもヨーロッパのブドウ畑でワインと肉にチーズ、とか、本の内でもさらりと触れられる程度の定番と呼ばれるものが結局一番いつか食いたいかも。冬の東北の酒どころで日本酒と鍋と温泉なんて最高でしょうし、九州の北では麦焼酎と海産物、南では煮物と一緒に芋焼酎をお湯割で、なんてのも最高。それから、作中のみならず、その作家が嗜んでいたものを味わってみたいとも思います。例えばヘミングウェイのパパ・ダイキリとかを。モヒートは美味しかったんだぁ。

……ただ、遠藤周作の『沈黙』の魚の干物は逆に食べたくない(^^;


14:本の中でここ行きたい!と思った場所は?

ここに行きたい! と強く思っていたわけではないのですが、この質問ですっと浮かんできたのは宮沢賢治の『イーハトーヴ』でした。
あと、古今東西様々なSFに出てくる“宇宙”。ただし素晴らしい絶景か、ユートピアな方で。過酷だったりディストピアだったりはご勘弁(笑)


15:本の中で好きな登場人物

好きな登場人物はたくさんいるはずなのに、問われてみればぱっと「これ!」というのが出てこなかった……。
作品とセットで捉えているからか、それとも脇役によく目が行くからか……(『罪と罰』で一番心を捉えたのは殺された老婆の義妹かもしれない)。悩み失敗しながらも進んでいくキャラとか特に好き。例え主人公に敵わなくとも。そういう意味ではホームズタイプよりワトソンタイプの方が好きかな。もちろんホームズにはワトソンがいなくちゃ〜という話もあるのですけれど。

ああ、そうだ。
ライトノベルの原風景として印象深いキャラクターとしては、ロードス島戦記のパーンとディードリットのコンビ(というかカップル)をあげておきます。
そして、好きというのとは違うけど、カフカの『変身』の主人公グレーゴルの印象はとても深いです。


16:続編を出して欲しい本

うーん。思いつきません。
完結していたのを変にシリーズ復活させたら失敗、というのもありますし(毒)
ただ、完結してないのは、ね?


17:内容は別にして、この題名はうまいことつけたなとおもうもの。

内容もさることながら『アルジャーノンに花束を』。
これ以外にないと思うのです。
あと、このタイトルはいいなぁと思うのがあったはずなんだけど……あれ? 度忘れ!?
とかく、読後にタイトルを眺めて「そういうことか!」とため息をもたらされるものは凄いと思います。


18:近年の出版業界に一言

今咲いているものを摘むばかりじゃなくて種蒔きもしておかないと後で収穫できる物がなくなっていくんじゃないかなー。それから土壌もちゃんと耕さないと。種が切れて土も痩せれば何も生えなくなるし、何も残りませんぜ?
――と、上から目線(^^;

それに次の項目にもつながるけれど、書店を見殺しにするとユーザーの本に触れる機会、本を読む人口の裾野を狭めることになって、結果自分にも跳ね返ってくると思うのです。
本が好きな人は電子版だろうがネット通販だろうが買ってくれるだろうけど、あまり本に興味のない人が暇潰しに入った書店で「目に付いたものをたまたま」という機会を失うのは色んな意味で損失がでかいと思いますよ。
本が好きな人でもネットだけだと流石に多くの本を見る機会がない――気に入りの書評家とか、通販サイトの(これまでの購入履歴から“同じ系統”の)お勧めとか、そういう狭い範囲しか観測できない可能性も高いですし。書店みたいに、社会学の本を見ていたら隣の棚の美術の本に目がいった……とか、漫画を買うために並んだレジの前に平積みされていた書店員お勧めのライトノベルに興味が引かれた……とか、雑誌を買いに来たついでに話題の本にも手が伸びた……とか、そういうのがネットでもできるとまた話は変わりますけれど。でないとこれまで以上に話題になった本ばかりが売れて、他は五十歩百歩っていう裏ッ返した画鋲みたいな売り上げ状態になりかねないように思えてならず。
書店で電子書籍を買えるようにしたっていいはずですし、その場合値引きされるとかポイントが優遇されるとか特典をつけて、ついでに書店に置いてある本も見てもらって、場合によっちゃ紙製の本が見本になったっていいわけですし、紙がいいならそれを買えばいいわけですし(電子書籍には独自規格を使われるとまずリーダーがなければ読めないっていう問題もありますし。いずれスマフォやらが手軽なリーダーになっていくにしても)、そうやって電子・紙の両方から攻めた方がいいと思うんですけども。
書店っていうある程度広くて立体的なプロモーションの場を失うのは、出版業界全てにおいて大きなマイナスだと思うんだけどなあ。

……と、ここまで書いて「はて? 何かそういう動きがあったような」と調べてみたら、書店で電子書籍ってアプローチは既に始まってました。
……まあ、いいや。折角なので、メモってことで。上のアプローチも書店or電子書籍ベンチャーの働きかけが強いみたいだし、出版社側からももっと派手に様々な方向から何かした方がいいんじゃないのかな、ということで、まとめ。
構造的な問題、軋轢も改修すべき(もしくは改修できる)時期だと思いますしね。

あと、例えば(パピルスのように)2000年後に紙の本が発見されることはあっても、デジタル本が発見されるのはありうるか? とも思うので、紙の本のアーカイブ能力は失われて欲しくないという思いもありますです。


19:オススメの書店

……いや、今、書店厳しいですよね。
他業種との複合ばかりとなるのか、どうか。
現実の書店さんには頑張って欲しいけど……なので、手に入れられる本は書店利用の楽遊です(と、お茶を濁す)。

あ。
書店じゃないけど、図書館!(←図書室好きがそのまま大人になっても続いているw)
でも真面目な話、図書館は凄いですよ。地域の古地図とか、絶対に一般受けしない歴史的資料とかも置いてあるので、そういうのが必要な時に物凄い威力を発揮してくれます。あと評価が高いのに絶版になっている本が所蔵されている場合もあるので素晴らしいですね(キラキラ)
場所によっては周辺自治体の図書館ともネットワークを築いたりしていますので、実際活用すると良いものだと思いますよ。特に創作畑の人間には重宝する機関です。


20:あの人は何を読むんだろうという人にバトン

そうですねー。

あるるかんさん (Aruru-Kan
小林さん (IST

リンクページから、機会あってチャットなりでよくお話したこのお二方に。
更新情報ばっかで開店休業状態のこのブログからの不意打ち。
もしお気づきになられて、お暇があれば(^^)


もちろん、バトンはここに置いておきますので、どなた様もご自由にお拾いください!
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2012年08月23日

修正メモ0818分

誤表記についてのご指摘について。
早速参りますね。


> 踵を返す

これについては、ここでは『引き返す』の意味を孕みながらも、主としては『踵を回らす』の意味で使っています。大意で“回れ右”のように「向きを変える」「反転する」の意味になりましょうか。ですので、ここは誤用ではないと考えています。言い換えるなら“背を向けかけていた”という感じです。
ちなみに、この言葉の意味の使い分けは、個人的には移動・動作中と静止状態で捉え分けています。
・「登校中、忘れ物に気がついて踵を返す。」だと『引き返す』が主。
・「立ち話を止め、彼女に頭を下げると彼は踵を返した。」だと、向きを変えるが主、と。


> それは本日証明して見せたとおりに!

これは時系列を誤っていました。どうも自分が寝ていない場合、0時を回っても前日の夕方のことを「今日の〜」と表現してしまうのに引きずられてしまいました。
『正確には昨日』となっていますので、この場面の時間は深夜0時を回ってのこと。バトルが行われたのは日没して間もなく。そこから回復に一時間。さらに食事とニトロの勉強などがあり、ニトロが寝たのは0時を回ってから。ニトロの言う深夜は、言葉的には「未明」の時間帯も含みますので(これは「深夜番組」の感覚です)、メルトンのやってきたのは大体丑三つ時あたりと考えてくださればちょうどよいかと。
――で、肝心の『本日』ですが。
これは『昨日』が正しい表記になりますので、修正しました。


> 腕によりをかけて〜

これはわりと見かける表現だと思っていたのですが……
とはいえ意気込みの表現ですので(お前を料理してやる的な)、ここではこれでよいと考えています。


> 『家族』になることはまでは

これは凡ミス! 「なることまでは」ですね、修正しました。


> 感動しているだけにはいられなくなった

こちらは『だけでは』で言い換えてもいいのですが……例えば「泣かずにはいられない」「こうしているわけにはいかない」のような“〜には”の用法をここでは選択しています。ニュアンスの問題になるのでしょうか。“いてもたっても”というようなニュアンスを含めようと思っての表現ですが、うまくいかなかったかなぁ……。
ひとまず、誤用とは考えませんので、こちらはこのままにしておきますね。


修正箇所は早速直しておきました。
ご指摘、ありがとうございました(^^)
posted by 楽遊 at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2012年06月14日

修正メモ0614

誤字のご報告、ありがとうございます。
まずは誤字の修正について。

『全てが思い通りに言ったというのに』

「行った」が正しい字でした。
変換ミスです。くそう…… orz


さて、『忸怩たる思い』についてですが、これは僕が誤解して覚えていたものです。「強い悔いの念や、悔しさ。どうにもならないものに対する感情」というニュアンスで覚えていたのですが、これが間違いでした。どうして間違って覚えたのかはわかりません。ひょっとしたら『悔しい 類語』でググると出てくるweblioの類語辞典では「悔しい」の類語として『忸怩たる思い』が出てくるので、このような意味の揺れが世間的にも出てきているのかもしれません。

とはいえ意味として誤っていますので、ここは、この場面で表したかったニュアンスに適した「臍を噛む思い」に変更いたしました。

ご指摘、ありがとうございました(^^)
posted by 楽遊 at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2012年06月02日

修正メモ0602-2

いつも不備をご指摘いただきありがとうございます。
色々、何か一つはやってしまっていますねぇ。目指せノーミス。

さて、まず、TOPが更新されていないというご報告を頂いたのですが、当方からはサイトトップ、小説カテゴリトップ、シリーズの目次ページの全てが更新されていることが確認できました。
こちらで確認できなかったため、これといった対処ができていないのですが……おそらく大丈夫だとは思うのですが、もしまだ更新されていないという場合は……どうしましょう(^^;
何らかの事情で更新情報が反映されていなかった場合は、時間を置いたうえで解決することもあるのですが……う〜ん、ちょっと判りません。
もしまだ状況が続いているなら、ちょこっと書き換えて再アップなどもしてみますね。その時はご遠慮なくご連絡ください。



次に誤字のご報告。

『協力は手から手が出るほど欲しい』

これはもう謎の誤字です。完全に「喉から手が出るほど」の間違いです。どうしてこうなった、そして気がつかなかった orz

それから「論法」についてですが、この場面では“A<Bで、B<Cなのに、A>Cになる論法があるか?”という話をしていますので(そしてその後でその論理が導く答えを否定して、決意を固めているので)、「論法」で誤りではありません。

誤字については既に修正済みです。


いずれのご報告も、ありがとうございました(^^)
posted by 楽遊 at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

修正メモ0602

明らかに先述の内容と矛盾する箇所がありましたので、その一文を削除しました。
いや、わりと細かいところで自分では納得していたのですが、改めて考えるとやっぱり違うなと思いましたので。
内容には影響はありません。
削った箇所は、畳んで隠しておきますね。

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posted by 楽遊 at 06:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2012年05月26日

修正メモ0526

誤字のご報告ありがとうございました。
ご指摘の通り、

『己に架していた× →己に課していた○』

でした。
変換ミスです。何度も読み返していたのに何故気がつかなかった、僕 orz

早速修正いたしました。
ありがとうございました(^^)
posted by 楽遊 at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説